このイラストは、石橋富士子(ぺたこ)さんに描いてもらいました。
彼女の絵はとてもほのぼのとしていて、
一つ一つの生き物が幸せ感一杯に描かれているでしょう!

この一本の木は「たかのは」という木です。
この木にはたくさんの動物たちが集まってきます。
みんなで協力し合って生きています。

目で見えない根っこの所にも、
ミミズちゃんなどの虫たちや、微生物たちが栄養ある土を作り出します。
だから木が大きくなれるのです。

木が育てば花が咲き、実がなる。
そしてその実をまた動物たちや人間たちが食べる。
動物たちが実を食べればフンをする。
そのフンがまた土になる。そしてまた木が育つ。

これが「植物連鎖」です。
その中で、小動物は中動物に食べられ、大動物は人間に食べられる。
この小動物たちは土の中の虫や、木にやってくる虫を食べる。
また小鳥たちも食べに来る。
小鳥たちは中動物や大鳥たちに食べられる・・・

とても沢山の輪の循環の絵になります。
「循環」という中でこの地球は支えあっているのです。

これを正式には「陰陽五行説」と言います。
全ての元素には陰と陽という、相反するエネルギーが存在し、
その元素は5つの「木・火・土・金・水」という性質を持っているというものです。

これは目で見える事だけじゃありません。
心の中でも循環、連鎖は起こります。
嫌な事があれば心が沈み、他に当たるでしょう。
当たられた人は面白くないから他にも当たる。
もう「負」の連鎖です。
一方、幸せな事があれば、幸せにしてくれた人に「ありがとう」という。
言われた人は嬉しくなる。
また他の人にも良い事をしたくなる。
また、「ありがとう」が伝わる。これが「正」の連鎖です。
このように、循環、連鎖とは目で見える事だけじゃないんです。

その広い意味での「循環、連鎖」をこの絵で表したかったのです。
これが私の一番言いたい事です。
幸にゃんという意味でもあるのです。

どうか、あなた一人で悩まないで下さい。
心を開いて下さい。
あなたが前向きになれるように願いを込めてこのイラストを描いてもらいました。
不幸はずっと続きません!
必ず抜け出せるヒントがあるのです。
しかし、幸せは続ける秘訣があります。
それは、意識を変えることです。
苦しみが来ても、それを有難いと思うことです。
「苦しみをくれてわかりました!ありがとうございます!」という意識です。
さあ、幸にゃんと共に前に歩き出しましょう!!
心を明るくして行く方法が、ここ「幸にゃん」にはありますよ。


私が一番意識しているのは、この「根」の部分です。
目では見えないという部分。
そして「足元」ということから知ることとは?
一人一人の生まれてきた意味であり、
生まれた場所であり、
生まれた血筋(先祖)でもあります。
また、他の生物達も土の中にいるので、地球という意味も含んでいます。
ここに意識がいつもあること。

私が今存在していられるのは、この「根」があったからだった。
大地があり、虫達がいたからだ。

この意識が生まれた時、
「生まれてきた意味」を知り「生まれてきて良かった!」と思います。
あなたは大変な決心をして、

この世、この時代、
あなたが生まれた土地、
あなたの両親を、
選んで来たのです。

だから、何があっても他人の責任ではありません。
全てはあなたが自分自身で仕組んだことなのです。

この「根」の意味を知った時から、
あなたの本当の人生が始まります。
「根」は決して人にはわかりません。
でもあなた自身ならわかるのです。
だってあなたがその木自身だから。
どんな木に成長するのか、どんな花や実を成らせるのか。
全ては自分が知っていて、その通りに逆らわず歩くことです。

見えないものほど有難いものはありません。
この根というものは強くなければ大木に成長できません。
人は誰も助けてはくれません。
なぜなら、あなたの苦しみはあなたしにか解らないからです。
だから、他人に依存しないで、自分を信じることです。
また、他人も、その本人をかばいたてたり、甘やかしたりせず、助言してあげたり励ましてあげたりしてください。
助けてあげるのはただの「めぐみ」です。
そうではなくて「導き」で無ければその人は成長しないでしょう。

苦しくてもそれを乗り越えた時、
その人は励ましてくれたあなたと太い縁で結ばれるでしょう。
そして乗り越えた人は自分自身で乗り越えたことで、大きな自信になることでしょう。
「根」という意味は、
普通の状態の時にも、苦しい時にも、幸せなときにも
いつも目で見えない地球上の全ての生き物達に感謝する源を表しています。


木の葉とは、太陽を一杯浴びて光合成をして成長します。
この葉から受け取った光の養分は、
根の方へと運ばれて行きます。
このことから葉とは、「光を放つ源」という意味です。
光、つまり太陽が無ければ自然界は生まれません。育ちません。

光の源になることです。
自分だけが欲をかき、
独り占めすることではなく、
周りに平等に分け与える愛です。
助け合い、励まし合い、幸せが循環することです。
木の葉は高い所にあります。
これは天を仰ぐ心とも言えます。
まず信じなければ天は見えません。
心の目で見て、
天は必ずあるのだと信じる事から始まります。


木の幹とは、思いっきり人間社会の様を表します。
太い幹もあれば、細い幹もあります。
どれも一つとして同じものはありません。
社会とは、幹というものに似ています。
同じ職場は一つもありません。
同じ環境もありえません。
みんなそれぞれに特徴があります。
大事なのは、どう成長していくのか?だと思うのです。
太くなりたければ、それに耐えうる精神力が無ければ倒れてしまいます。
また、太くなり過ぎれば、人間に見つかってしまい切られてしまいます。
目立ち過ぎればやられるのです。
幹は必ず根の養分で太さが決まります。
根がしっかり張っていれば太くなっても耐えられるほどの強さが備わっています。
根と幹は比例しています。
「分相応」という言葉があるように幹の太さも自分の身分にあったなりをしなさい、ということです。
太さが大事ではなく、曲がり無くまっすぐかどうかが一番問題です。
曲がれば養分を幹や枝や葉に均等に分け与えられません。
まっすぐな幹は根と葉に勢いがあります。
迷いがない状態です。
幹は自分の心の姿でもあるのです。
常にまっすぐな正直な心でいるかどうかを確認して行きたいと思っています。

それぞれの特徴を書きましたが、どれも個別に存在しているのではありません。
みんな助け合って循環しています。
与えて、与えられています。
この「たかのは」という木は、人間そのものを表す一本の木です。
この木が途中で枯れたり、倒されたり、折れたり、曲がったり、
花が咲かなかったり、葉が虫に全て食べられたり、、、そんなアクシデントが山ほどあります。
それが人間にとっての苦しみです。
しかし、一度苦しみを経験したら私達は利口になります。
二度とあの苦しみが嫌ならそうなる前に改心します。
そして何回も苦しみを乗り越えた人は、自分という木に養分を必要な時期に与えます。
そうすれば根は丈夫になり大木になります。
養分とは、周りへの感謝です!
もし、大木になって人間に切られることになっても、それを快く受け入れます。
その前に自分の子孫を実で落としているからです。
それが自分の子供たちや家族です。
人は生まれたら必ず「死」を体験します。
この「たかのは」の木も同じです。
地球上の生き物達全てがいつかは死を迎えます。
この「死」を始まりとするのか、終わりとするのかで、心がやすらぐかどうかが決まります。
もし、この命が一度きりのもので二度と再生しないのなら、思いっきり人生を楽しむでしょう。
でも死が直前にあれば、楽しめるでしょうか?
反対に今までの出来なかったことを悔やむでしょう。
では、反対にもし命に来世と言うものがあり、もう一度やり直せるとしたら、今までの人生を振り返り後悔しないはずです。
それは来世で叶えればいいのですから。
死が直前にあっても喜んで受け入れられるでしょう。
「たかのは」という教えは、永遠につないで行く魂の法則です。
それは循環で行われています。
とても奥が深い教えです。
人は苦しみから逃げたいといいます。厄除けなどはその典型的な祈りです。
しかし、この「たかのは」の教えでは、大いに苦しみなさい!と言います。
真の魂とは、苦しみの中から見つけるものだと教えています。
人は幸せな時には懺悔の気持ちや感謝の気持ちを忘れます。
しかし、苦しみは覚えています。
だから、あの苦しかった頃よりも今がどんなに幸せかがわかるのです。
この苦しみこそ魂の声を開く大きな学びの出来事だということです。


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